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おばあさんは私の家に泊りにきていないときは、いつも私の母の妹や弟たちの家へ行っているのだということを私はいつか知るようになった。小梅の、尼寺のすぐ近所にはずっと前から一人のおばさんが住んでいた。その家へは私もときどき母に手を引かれて家に遊びにいった。そうしていつとはなしに自分の家からその家へ行く道すじを覚えてしまっていたものと見える。(註三) 或る日、私の父が、私のために小さな竜を彫った真鍮(しんちゅう)の迷子札(まいごふだ)を手ずからこしらえてくれた。それが私にはいかにも嬉(うれ)しかったのだろう。私はその日の暮れがた近くぷいと誰にも知らさないで家を出た。もうこれからは一人で何処へだって行ける。そんな得意な気もちになってしまって、私はまっ先きにおばあさんのいる小梅のおばさんのところへ一人で行ってみようとおもった。最初は元気よく歩いていった。へんに曲りくねった裏道をすこしも間違えないでずんずん歩いていった。が、そのうちに、大きな屋敷や藪(やぶ)ばかりが続いているところへ出た。そこまで来ると、私は急に何んだか心細く、どうしたらいいか分からなくなってしまった。私はただもう泣き出したくなるようなのをやっと我慢しながら、真鍮の迷子札をしっかりと握りしめて、無我夢中になって歩いて行った。しまいには殆ど走るようにして行った。そうしたらやっとのことでおばさんの家が見え出した。その垣根の中では、おばあさんが丁度干し物を取り込んでいた。
